第5回 バッハが散りばめた創意工夫
バッハが曲中に散りばめた創意工夫の幾つかを見ていきましょう。これは、私がバッハの音楽に惹かれる理由の一つでもあります。
各変奏の関係性
バッハは、アリアの低音主題をもとに30の変奏を作曲したわけですが、各変奏にも関係性を持たせています。
私は、アリアを弾き終えると自然に第1変奏に入りたくなります。
なぜ第1変奏に導かれるような気持ちになるのかを考えてみると、アリアの前半は8分音符が主体だったのが、アリアの後半に入ると16分音符の割合が多くなり、音楽に動きが出てきます(譜例1参照)。つまり、アリアの後半で16分音符主体となる第1変奏への準備がなされているからではないかと思うのです。
●譜例1
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それから、アリアの終わりの音が、そのまま第1変奏の最初の音になっているのがわかります。また、アリアの右手の最後の3音(赤丸、動機A)は、第1変奏の性格を決めるモチーフになってもいます(譜例2参照)。
●譜例2
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そして動機Aは、第2変奏にも出てきます(譜例3参照)。
●譜例3
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第4変奏も見てみましょう。赤丸で囲んだ部分は、第5変奏では、左手に移行しています(譜例4、5参照)。
●譜例4
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●譜例5
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また、第5変奏の青丸の部分が第6変奏の青丸に移行しているのも、譜面をみるとわかります(譜例6参照)。そして、第6変奏の赤丸の部分は、第7変奏に移行しています(譜例7)。
●譜例6
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さらに、第7変奏の青丸の部分は、第8変奏に移行していきます(譜例8)。
●譜例7
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●譜例8
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他にも例を挙げると、第16変奏の後半部のジグザク音型(譜例9、青丸の部分)は、
●譜例9
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第17変奏の左手に出てきて発展していきます(譜例10)。
●譜例10
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こうして見ると、それぞれの変奏に登場するモチーフが、頻繁に次の変奏に持ち込まれているのがわかります。
バッハは、このように各変奏を有機的に関連づけています。
フランス風序曲
バッハは、ケーテンの宮廷楽長時代(1717~1723)に領主のお伴でチェコのカールス·バードに出かけただけで、あとは終生ドイツから出ることがありませんでした。
ですが、バッハの時代の音楽というと、フランスやイタリアが最先端で、ドイツはどちらかというと後進国でした。それでも、バッハはフランスやイタリアの様式を学び、自らに取り入れていきます。
ゴルトベルク変奏曲には、フランスで流行していたフランス風序曲という様式を取り入れた変奏があります。
そもそもフランス風序曲は、ルイ14世の宮廷楽長だったジャン=バティスト・リュリ(1632~1687)が創始したと言われています。付点リズムのゆったりとして荘重な部分と、フーガによる快速な部分があり、その後、冒頭に戻るという3部形式です。(そののちに、フーガで終わるフランス風序曲も出てきます)
リュリは、自分のオペラの中から序曲と器楽のみの曲だけを取り出し、それをまとめて演奏会用の音楽としたことで、人気を博しました。
例として、同じフランスの作曲家、ジャン=フィリップ・ラモー(1683~1764)のオペラ「優雅なインドの国々」の序曲を見てみましょう。これもまた、フランス風序曲の形式で、音符に点が付く、付点リズムが多くみられます(譜例11)。
●譜例11
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比較しながら、ゴルトベルク変奏曲第16変奏(序曲)を見てみましょう。同じように付点リズムが出てくるのがわかります(譜例12)。
●譜例12
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次に、ラモー「優雅なインドの国々」序曲の後半部を見てみましょう。赤線で示した部分が主題で、それが追いかけられるように出てくるのが分かると思います(譜例13)。
●譜例13
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今度は、ゴルトベルク変奏曲第16変奏序曲の後半部です。やはりフーガが出てくるのがわかります(譜例14)。
●譜例14
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こうしてみると、バッハがフランス風序曲の様式を学んで、自身の音楽に取り入れいたことがわかります。
バッハからすれば、フランスの音楽を学ぶことは外国の音楽を学ぶことだったはずです。外国の音楽を進んで取り入れ、自らの音楽に豊かな彩りを与えることに成功しています。
日本人として外国の音楽を演奏している私も、このようなバッハの姿勢に共感します。
髙橋 望
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